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王毅大使日本記者クラブにての冒頭発言(全文)
2004/10/19


 まず、マスメディアのみなさんを通じて、日本国民に心をこめたご挨拶申し上げます。

 この度、私は大使として十年ぶりに再び日本に着任しました。これまで二十数年の外交官人生の中で、たった二度の海外勤務がいずれも日本であることは、やはり私が日本と縁があるということでしょう。皆さんからの質問に答える前に、日本、中国、そして中日関係のことについて、私なりの感想をかいつまんでお話したいと思います。
 
 1994年私が日本を離れた時、日本経済のバブル崩壊の時期でした。この10年のことについて、日本国内では「失われた10年」とよく言われますが、私が日本に来てこの目で確かめた限り、必ずしもそうではないと思います。この10年の間、日本は紆余曲折も経験しましたが、経済、社会の基盤が一層充実し、成熟化してきた10年間でもありました。そして、数々の変化が生じております。
 
 まずは、東京の風景が変わったことです。

 成田空港から都内に入る途中、幕張、お台場、汐留、六本木ヒルズといった斬新な高層ビル群が目に入って、実に感心しました。これからは日本地方の変貌ぶりも楽しみにしています。

 このような変化を裏付けるように、近年になって、日本経済のほとんどの指標が好転しております。経済全体がプラス成長に転じ、輸出も勢いよく伸びています。日本の友人の話によりますと、ここ数年日本がIT立国戦略により、デジタルなどの通信技術分野ではすでに後からアメリカを追い越して、世界の最先端を走っているということです。

 まさに、ここ10年来、日本国民は困難や挫折に立ち向かい、努力を積み重ねて、大きな成果を上げてきました。
 
 次は、日本社会が改革の雰囲気に包まれていることです。

 改革はもはや世界の流れで、日本もその例外ではないでしょう。東洋文明と西洋文明の間に、日本はかつて自分独自の文化を育て、そしてそれを土台にして日本なりの政治、経済体制を形成してきました。バブル経済の崩壊が示したように、その体制もある程度限界に達しております。改革を推進してはじめて新しい生命力と東西文明の新たな結びつきができ、日本の未来も切り開くでしょう。

 この10年間、いわゆる第三の開国として、日本は政治の面で、いろいろな模索をしており、経済の面でも、徐徐に開放的になりつつあります。昔の伝統を保つと同時に、絶えず時代の流れにそって、国際的感覚を身に付け、真の国際国家を目指していくことが正しい方向で、世界からも期待されております。
 
 三番目は、日本の世代交替、つまり若返りが着実に進展していることです。

 日本に着任して一ヶ月余りの間、私は毎日のように日本各界の方々に挨拶まわりをしています。大勢の古い友人と再会しておりますし、新しい友人もたくさんできました。

 例えば、河野議長のようなまだ第一線で活躍している大先輩もいらっしゃれば、私と同じ年の岡田民主党代表のように、日本政界トップレべルの指導者になった方も多いです。経済界、マスコミ界など他の分野も同じ現象が起こっています。新しい世代がこれからの日本社会に新たな活力を注ぎ、新しい希望をもたらすことになると思います。
 
 さて、この10年間の中国はどうでしょうか。これも大きな変化がありました。

 GDPが10年前よりほぼ三倍増で14000億ドルになり、輸出入総額がほぼ四倍増の8500億ドル、石炭、鉄鋼、セメントの生産量はいずれも世界一になりました。一人当たりのGDPは昨年初めて1000ドルを超え、中国が新しい発展段階に入ったことを示しています。それにともなって、経済だけではなく、社会全体が新たな時代を迎えようとしております。このような歴史的転換期において、中国でも一連の新しい変化が生まれています。
 
 一つ目は、中国共産党が政権党として、執政理念を一層明らかにしました。

 「執政は国民のため、人間が本位である」というのがその核心であります。これを踏まえて、私たちは民主的、科学的、法律に則って執政していくことを提唱し、政治改革も含めた各分野の改革を鋭意推進していきます。

 皆さんもすでにお気づきのように、最近、中国の指導者たちが中国各地、各階層まで足を運び、謙虚に民衆の声に耳を傾け、国民が抱える問題や困難の解決に大きな力を入れています。このような執政理念と仕事ぶりは、中国人民の願望に合っていますし、世界の先進的な政治文明の方向にも沿っていると思います。

 二つ目は、新しい科学的発展の概念を打ち出しました。

 中国は25年間連続して9%以上の成長を維持してきたが、地域発展の不均衡、社会基盤整備の立ち遅れ、環境問題の拡大、資源の不足などといったさまざまな問題も顕在化しています。それが工業化のプロセスの中に特に高度成長の間に、ある程度避けられないものではありますが、25年間の成長から蓄積されてきた力をもって真正面から、取り組んでいく時期となっております。

 私たちは、国の発展はもはや経済成長のスピードだけ追求するのではなく、社会全体の質的向上を求めていかなければならないという時期に入っております。それで、私たちは全面的、バランスの取れた、持続可能な発展の概念を確立したわけであります。具体的には、都市と農村、沿海部と内陸部、経済と社会、人間と自然、国内と国外という五つのしょっちゅう矛盾し合う分野において、いずれも調和の取れた発展を目指し、そして、社会の公平と正義を重視して人間一人一人の権益を大事にして、より健全な社会を作っていくという目標であります。このような発展の概念は、中国国民の利益に合致するのみならず、国際社会の利益にも合致するでしょう。

 三つ目は、中国外交がますます協調と協力を重視するようになっています。

 経済の急速な成長によって、中国は世界に徐徐に影響力をもつようになり、国際社会も中国発展の進路と行方により大きな関心を寄せています。それで、私たちは中国の発展をアジアと世界の発展と結びつけて、中国国民の利益を世界大多数の民衆の利益と結びつけるような政策を遂行して行くつもりです。

 そのためには、協力と協調の精神を強調し、それによって世界が直面する平和と発展という二つの大きな課題に取り組むように努力しております。要するに、協力を通じて平和を守り、また協力を通じて発展を促すという考え方であります。

 特に、われわれの置かれているアジアに対しては、私たちは中国外交の首要な位置に据え、「善を持って隣国とつきあい、隣国を仲間とみなす」という周辺外交方針を展開し、そして、隣国同士が共に受け入れ、歓迎される平和的、協力的地域環境の構築に貢献していく決意であります。

 中日関係は我が国にとって、最も重要な二国間関係の一つであり、ここ10年来、実りある発展を遂げてきました。両国の各分野における交流と協力は年々拡大し、人的往来が年間400万人近くに達し、友好都市が226組になり、貿易額が今年1600億ドルになる見込みです。日本がとっくに中国第一の貿易相手国となり、中国が日本最大の貿易相手国になる日も遠くないでしょう。そして、地域協力の面において、中日両国の協力の可能性も一層広がっており、国際舞台における中日の協調も求められております。

 一方で、両国関係に心配している変化も生じております。

 一つ目は、問題や摩擦が増えたこと。歴史、台湾問題のような従来の問題がいまだに両国関係の健全な発展に影響しており、貿易摩擦、知的所有権など新しい問題も出ております。

 二つ目は、両国の交流がますます活発化しているにもかかわらず、国民感情が必ずしも好ましい方向に行っておりません。中日の末永い友好の観点から、国民感情は私が一番気になっているところです。

 三つ目は、日本のこれからの行方です。これは基本的には日本の内政であり、結局日本国民が自ら決めることですが、隣国としてもそれなりに関心をもっています。それが善処されれば、日本自身のためにもなりますし、中日関係の発展にもプラスになるでしょう。

 では、いかにして中日関係を健全かつ安定的に発展させるか?私は今度日本に赴任して、日本の友人に対して、「一つの基盤、三つの目標」を提案しています。

 「一つの基盤」とは1972年国交正常化の時に発表された中日共同声明、そして、その後の平和友好条約と中日共同宣言であります。それが両国関係の政治基盤となっています。その中に特に重要なのは、日本側が過去の侵略戦争に、「責任を痛感し、深く反省する」と表明し、中国側が両国国民の友好のため、戦争賠償要求を放棄したこと。そして、日本側が中国の台湾に関する立場を十分理解、尊重し、ポツダム宣言第八項、即ち台湾が中国に返還される立場を堅持すると約束したこと。

 これらを代表とする三つの文書は両国関係を律する指導原則となり、様々な現れた問題を処理する基準でもあります。30数年の事実が示しているように、往々にして、双方がその原則を厳守すれば、中日関係がうまくいき、そうでないと、トラブルが生じてしまいます。

 私は今こそ、この原点に戻り、もう一度当時両国の先輩たちの政治決断と政治知恵を学び、そして、それを行動をもって遵守する必要があると思います。

 三つの目標というのは、

 第一は、「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」。中日両国は2000年にわたる交流史を有しています。これは世界中に前例のないことでしょう。その中に、お互いに助け合い、お互いに学びあうという友好交流もありますし、軍国主義の侵略によって、中国史上最も悲惨な災難をもたらした時期もあります。この2000年の歴史にどう対処するか?私は、それが財産であり、重荷ではないと思います。というのは、その中に沢山の有益な経験と教訓が含まれています。それらを真剣に汲み取り、両国関係発展の原動力にすべきです。歴史を鑑とすることは、歴史にこだわるのではなく、未来を切り開くためであります。

 第二は、「互恵協力し、子々孫々友好していく」。両国は永遠の一衣帯水の隣国であります。中日関係の見通しはただ一つです。それは他でもなく、子々孫々の友好を求めていくことです。それを実現するには、単なる感情的絆を維持するだけではなく、いろいろな分野の実質交流、若い世代の相互理解も重要であります。そして、ますます重要性を帯びて来るのは、われわれ両国の互恵協力を深めることです。それによって、相互依存を深化させ、ウィンウィンの枠組みを作り、子々孫々友好という目標のより強固な基盤を作っていきます。

 第三は、「平和的に発展し、共にアジアを振興する」。日本は戦後平和発展の道を選びました。中国も平和発展の決意を表しています。それぞれ平和発展という正しい道を堅持していくことによって、共にアジアを振興する基本的な条件を整えることになります。アジアの振興は中国と日本の協力と信頼、そしてわれわれの賢明な戦略的選択が不可欠であります。私はアジアの振興は、中日両国の長きにわたる新たな共通利益であることを堅く信じております。

 以上の「一つの基盤、三つの目標」は、それぞれの役割をもち、お互いにつながっております。それを共に推進することによって、中日関係を両国国民から支持され、そしてアジアひいては国際社会から歓迎される新たな段階に持っていくことを心から祈念しまして、私の冒頭挨拶に代えさせていただきます。

 長らくお話して、ご静聴ありがとうございました。



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