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困難恐れず進み、共に善隣はかる 中日友好交流会議、人民日報報道
2005/04/18

 

 第10回中日友好交流会議が14日、長野県長野市で開かれた。中日友好協会と日中友好協会の古い友人が一堂に会し、「民で官を促し」中日友好関係を引き続き発展させる新たな方法について話し合った。16日付「人民日報」は「困難を恐れず進み、共に善隣をはかる」との見出しで、この会議を報じ、両国関係を発展させる中日民間友好団体の共通認識を紹介した。内容次の通り。

 中日友好協会と日中友好協会はそれぞれ1963年10月と50年10月に設立され、双方は民間人として心血を注いで活動し、中日国交正常化、中日平和友好条約締結などのために大きく貢献した。83年から両国の友好協会は2年に1回友好会議を開いており、今年がちょうど10回目である。

 今会議のテーマは「いま、民間外交はどのように行動すべきか」だった。12日、中日の60余りの友好団体は東京で、平和と善隣友好のアピールを発表し、今会議の任務は中日関係が冷え込んだ原因と民間団体の現在の行動について話し合うことだった。

 多くの基調演説とグループに分かれての討議を経て、双方の友好協会は一つの信念を固めた。中日関係が問題にぶつかれば、民間友好団体はますます大いに意気込み、中日間の「民間外交」を強化しなければならないということである。双方の友好協会の責任者はまとめの発言の中で、両国は現在、政治面で一部、不協和音が聞かれるが、両国人民の間にはいかなる利害の衝突もない。日中友好協会は日本政府が中国およびその他アジア諸国の意見に耳を傾け、中日友好にプラスになることを行うよう働きかけることを表明した。閣僚を何度も務めた野中広務日中友好協会名誉顧問は、日本政府は歴史を振り返り、中国人民の感情を重視し、中日両国が永遠に友好的隣国であるべきことを銘記しなければならないと指摘した。

 中日関係が「寒流」に遭遇し、両国の国民感情が「冷え込んだ」原因はどこにあるのか。中日両国の多くの代表はみな発言の中で、一連の問題の主要な根源は日本の歴史に対する誤った認識であり、最も直接的導火線となったのは4月に文部科学省が扶桑社の中学校の歴史教科書を検定で合格にしたことであると指摘した。日中友好協会の村岡久平事務局長は次のよう表明した。積極的に行動を起こし、関係当局と地方の教育委員会、公立学校に呼びかけ、歴史の観点が正しい教科書を採用するよう求め、さらに私立学校についてもそうしなければならない。日中友好協会は日本政府に対する請願書を早期にまとめ、各地に伝え、さまざまな方法で地方に対して影響力を行使し、歴史を否定する教科書が学校で使われるのを阻止しなければならない。

 代表らは次のように述べた。今年は数件の友好交流活動が日程に上っており、契機を生かし、両国人民、特に両国の若い世代の交流を増進しなければならない。まず昨年10月、中国西安で出土した唐代の日本からの井真成という名前の留学生の墓誌を中国側の許可が得られれば、今年の夏、日本の4都市で展示する。9月に双方は江蘇省南京の城壁修復10周年記念活動を行う。同月6日、日中友好協会会長が総勢数百人の青年代表団を率いて南京を訪れ、南京の城壁の上から平和を呼びかける。同月26日、浙江省寧波の天台山で最澄帰朝1200年記念行事を行う。日本の「仏教大師」最澄が法典を求めて唐に入り、天台宗を日本に伝えた。また双方は北京五輪大会前に大型青年団の相互訪問を準備し、中日友好事業の継承者を育成する。日本の青少年に対する戦争についての教育を強化し、戦争の悲惨さと平和の尊さを知るようにする。

 民間外交の使命は困難を恐れず進むことである。元中国駐在大使の佐藤嘉恭日中友好協会副会長は、世界で中日間のように2000年余りの友好交流の歴史がある2つの国はなく、祖先が残した友好の足跡を今日、なくすことはできないし、なくなることはないと強調した。(北京4月17日発新華社)



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